巴紋

栃木県小山市間々田の神社・間々田八幡宮

間々田八幡宮 栃木県小山市大字間々田2330 tel.0285-45-1280

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間々田のジャガマイタ

ジャガマイタ・蛇よせの写真

毎年5月5日に行われる『間々田のジャガマイタ』(通称『蛇まつり(じゃまつり)』)は、田植えの時期を前に五穀豊穣や疫病退散を祈願するお祭りです。
祭りの主役となるのは子供たちで、長さ15mを越える竜頭蛇体の巨大な蛇(ジャ)を担ぎ『ジャーガマイタ、ジャガマイタ。4月8日のジャガマイタ(*)。』のかけ声とともに町中を練り歩きます。
関東有数の奇祭としても知られるこの祭りは、我が国の農耕祭事・除災儀礼を考える上できわめて貴重であることから、平成23年に国の選択無形民俗文化財に指定されました。

(*) 昭和30年代頃までは旧暦の4月8日の花祭りの日に行われていました。

祭りの流れ

水呑みの儀

5月5日の祭り当日。1丁目から6丁目に長者町を加えた7つの自治会で作られた7体の蛇は、八大龍王の旗を先頭に各町内を出発し、午前10時過ぎ頃から間々田八幡宮の境内に集まり始めます。

続いて、正午からの式典に先立ち、7体の蛇を社務所前の広場から本殿前に呼び集める『蛇よせ』が行われます。
本殿前に集合した蛇は、五穀豊穣・災害消除・悪疫退散の祈祷を受けた後、口に御神酒を注がれ、境内の池で『水呑みの儀』を行って、再び各町内に散っていきます。

この、境内の池で行われる『水呑みの儀』は祭りのひとつの見所となっていて、勢い余った担ぎ手たちが、蛇体とともに水しぶきを上げて池に飛び込むたびに、見物人たちから大きな歓声と拍手がわき起こります。

ご祈祷を受け神社を出た蛇は、各町内に戻り、子供たちがお賽銭を集めながら町内を練り歩きます。また、一部町内の蛇は、『蛇もみ』といわれる激しい担ぎまわしを行ったります(*)。
やがて夕刻を迎えると、今年の役目を終えた蛇は大人たちの手によって解体され、再び森や田へと返されます。

(*)かつての『蛇もみ』では、蛇同士の激しいぶつかり合いが行われました。

蛇体作り

町内の子供たちは中学生をリーダーに、大人たちの指導を受けながら蛇体作りを行います。
最初の仕事は、蛇体の中心になる太い孟宗竹や、ワラ・縄などをもらって来る『竹もらい』『ワラ集め』。続いて、蛇体につける藤づる、シダ類を集める『こけら集め』。最近は藤づるやシダを町内で集めることが次第に困難になり、大人たちの手を借りて遠方まで採集に出かけているようです。
そして、ジャガマイタの2〜3日前になると、いよいよ蛇体作りが始まります。
まず、孟宗竹を割って束ねたものを心材とし、その上にワラを縄で30cm前後の太さになるまで巻き付けます。
続いて、竹で編んだ上顎や下顎、金紙や銀紙で作った目や鼻、あわび貝の耳、形の良い桧の枝で作ったツノや、ノノシロで作った髭などを取り付け、蛇頭(じゃがしら)を完成させます。この蛇頭の部分は、各町内の個性が最も表れるところとなりますので、制作にも力が入ります。

昭和22年頃の様子1

続いて、蛇体に藤づるとシダ類をつけ、最後に尾尻に縄でシリケン(尻剣)と言われる木製の剣を取り付け、蛇体が完成します。

ちなみに、昔は上顎や下顎にはイワシカゴや壊れた農作業用の箕が利用されていました。また、シリケンには卒塔婆を5枚束ねたものを使うのが習わしだったそうです。

以前は各町内で蛇体の大きさを競いあっていた時代もあったようで、昭和初期には長さ50m・胴回りも45cmに達していたそうですが、現在は道路事情の変化もあり、長さ15m前後、太さも30cm前後に落ち着いています。

祭りの起源

町の古老たちによると、ジャガマイタはすでに400年近く続く祭りであるということですが、その起源をはっきりと示す資料は現在のところ見つかっていません。
ただ、この祭りの起源を伝えるいくつかの説が存在しますので、ここではそのうちの代表的な2つをご紹介します。

【八大竜王信仰説】

釈迦誕生の時に、八大竜王(難陀<なんだ>、跋難陀<ばつなんだ>、娑羯羅<しゃがら>、和修吉<わしゅうきつ>、徴叉迦<とくしゃか>、阿那婆達多<あなばだつた>、摩那斯<まなし>、優鉢羅<うはつら>の8匹の竜)が竜水を降らせたという故事にちなみ、ほどよい雨による農作物の豊かな実りを祈願する八大竜王信仰が間々田の地にも伝わり、やがて村人たちは竜を模した蛇体を作り、これを御輿のようにかつぎ回って、雨乞い・五穀豊穣・疫病退散を祈願するようになったとする説。

【法隆東林の雨乞い疫病よけ説】

今から約200年ほど前。龍昌寺の住職であった法隆東林が、当時この地域を襲った日照りと疫病の流行による民衆の困窮を見かねて、八大竜王になぞらえた竜の模型を作り祈祷したところ、たちどころに雨が降り疫病もやんだので、それ以来各町内で蛇を作り、祭りを行うようになったとする説。

現在、ジャガマイタの起源を示す説として町の人々に最も広く認識されているのは『八大竜王信仰説』で、これは間々田八幡宮に『八龍神社』が祭られていることや、戦後になって蛇の先頭に『八大龍王』の旗を掲げて練り歩くようになった影響も大きいと思われます。いずれにしても、祭りの起源については、さらなる検証・資料の発掘が期待されるところです。

祭りの変遷

ジャガマイタの祭りの姿がおぼろげにつかめるのは、江戸末期以降です。
当時は、現在の間々田3丁目にあった上原雅輔氏(旧間々田の名主)宅を境として、南を『下坪』、北を『上坪』と称し、それぞれ一体の蛇を作って祭りを行っていたようです。
現在とは違い、主に若衆を中心にかつぎまわされた蛇体は、祭りが終了すると下坪の蛇は現在の間々田1丁目の『逢いの榎』の下に、上坪の蛇は松原に捨てられたそうです。
その後、蛇は上・中・下の3地区で作られるようになり、各町内の少年や若衆たちが、印半纏(しるしばんてん)にワラジがけという軽装で、蛇をかついで暴れ回ったそうです。

続いて明治時代になると、間々田は1丁目から5丁目までに分かれ、各町内で一体ずつ蛇が作られるようになります。この当時は、昼は少年たち、夕方から夜にかけては若衆組が蛇を担ぎ、特に夜は御神酒に酔った若衆の喧嘩が絶えない荒っぽい祭りであったようです。

昭和25年頃の様子1

この頃の担ぎ手の服装は、野良着にわらじ履きという素朴なもので、田植え前の田んぼに入って『ジャーガマイタ、ジャガマイタ。シーガツヨウカノジャガマイタ』とどなりながら激しくもみ合ったそうです。このときに、わらじが傷んだり切れたりしたため、御神酒の他にわらじ銭をもらう風習が生まれたようです。

昭和に入ると祭りはますます盛大に行われるようになり、蛇体も次第に大きくなっていきました。現在は廃れてしまいましたが、昭和の初期頃までは、蛇が町内各戸の門口に首を差し入れることで厄払いをし、お賽銭(御神酒銭・わらじ銭)をもらっていたようです。このとき、家の者は御神酒を杯に入れてうやうやしく捧げ、蛇の口に注ぐのが習わしだったようです。
また3丁目の蛇だけは、旧間々田の名主であった上原雅輔氏の土蔵の周りを三回まわるしきたりがあったそうです(『蔵まわり』)。

蛇もみの様子

この当時も、昼間は子供、夜は若衆が担ぐという祭りの形態が続いており、日が暮れると勢い込んだ若衆に担がれた蛇が町のそこかしこでもみ合い、尾を交錯し合って、それはそれは勇壮な祭りであったそうです。

この蛇をぶつけ合う『蛇もみ』の風習は、昭和50年代頃から一時姿を消していましたが、最近一部の町内が間々田小学校の校庭で昔のような激しい蛇もみを復活させ、祭りの新しい見どころとなりつつあります。

ちなみに、昔から変わらない『ジャガマイタ』というかけ声については、『蛇が参った』から『蛇がまいた』に変わったとする説と、『蛇が巻いた』(蛇がとぐろを巻く、くるくると回る)から変わったとする2説が伝えられています。

祭りにまつわる言い伝え

現在はほとんど廃れてしまいましたが、かつてはジャガマイタのお祭りにまつわる様々な言い伝えや習わしが存在しました。以下に、その代表的なものを記しておきます。

  • ・祭りをやらないと凶作になる
  • ・蛇体に家抜け(*1)された家は、一年間縁起が良いことが続く
  • ・祭り当日に門口に藤とよもぎを供えると厄除けになる
  • ・病人のいる家の戸口に蛇が首を入れると、厄神を追い出せる(できるだけ深く入れると、なお良い)
  • ・できものができたり病気や疫病になった子供を蛇の口に入れると治る
  • ・家々をまわるお祓いの時に落ちた蛇の髭を拾っておくと、厄除けのお守りになる
  • ・ニギッチョ(*2)の下をくぐると祟りがある
  • ・祭りが終わって捨てられた蛇を壊したり、ワラを持ち帰るとバチが当たる

 (*1)蛇を担いで玄関から家の中に入り、裏口に抜けること。
 (*2)蛇を立てかけるために使う竹製の道具。

祭りを後世に伝えるために

子供を乗せた蛇

江戸の昔から、口伝により代々親から子へと伝えられてきたジャガマイタですが、近年の社会構造の変化に伴い、祭りの伝承が徐々に困難なものとなってきました。
特に、蛇頭の上顎と下顎に使う竹細工を作れるのは、原田弘志氏ひとりしかおらず、その技術の後世への継承が急務となっています。
そこで、平成23年に祭りが国の選択無形民俗文化財に指定されたのを機に、祭りの記録保存と後世への確実な伝承を目的に、町の有志たちによる『間々田のじゃがまいた保存会』が結成されました。
この保存会の構成員は、これまでも祭りの中心となり、各町間の調整や子供たちの指導に尽力されてきた方々で、当神社としても保存委員会の皆様と手を携えて、今後も祭りの継承とさらなる発展に尽くしていきたいと考えております。

参考文献・引用『小山市史』、大塚幸惠『蛇祭りの民俗学的研究』(論文)

フォトギャラリー

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昭和20〜30年頃のジャガマイタ 神社を目指す蛇1 神社を目指す蛇2 「蛇よせ」を待つ蛇1 「蛇よせ」を待つ蛇2 「蛇よせ」を待つ蛇3 「蛇よせ」を待つ蛇4 「蛇よせ」を待つ蛇5 「蛇よせ」を待つ蛇6 こけらの追加作業 余興の神田囃子1 余興の神田囃子2 宮司の昇殿 御神酒で蛇をお清め 水呑の儀1 水呑の儀2 水呑の儀3 水呑の儀3 水呑の儀4 社務所の門口で厄払い 子供を乗せて 再び町内へ戻る蛇1 再び町内へ戻る蛇2 鳥居前で方向転換1 鳥居前で方向転換2 鳥居前 小蛇と菜の花1 小蛇と菜の花2 蛇もみ1 蛇もみ2 蛇もみ3 蛇もみ4 蛇もみ5 蛇もみ6 夜の蛇もみ1 夜の蛇もみ2 夜の蛇もみ3

ムービー

平成17年のジャガマイタの映像です。主に四丁目の蛇を中心に収録しています。
※再生中のムービーをクリックすると大きなサイズでご覧いただけます。(YouTubeのサイトに移動します)

間々田のジャガマイタ<1>(蛇づくり)

(1)「蛇づくりの様子」(2分15秒)

間々田のジャガマイタ<2>(蛇よせ)‬

(2)「蛇よせ」(3分43秒)

間々田のジャガマイタ<3>(「水呑みの儀」〜再び町内へ)

(3)「水呑みの儀」〜再び町内へ(6分54秒)

ジャガマイタのご報告(各年のブログ報告記事へのリンク)

間々田八幡宮のブログ「八幡さま便り」にアップした、各年のジャガマイタ報告記事へのリンクです。
その年ごとのジャガマイタの様子を、写真主体でご報告しております。ぜひご覧下さい。

国指定・無形民族文化財 間々田のジャガマイタ(蛇まつり)

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